大判例

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横浜地方裁判所小田原支部 昭和26年(タ)8号 判決

原告 松尾林子

被告 松尾武郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、「被告と原告とを離婚する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として、

原告は昭和十六年九月被告と事実上の婚姻をなし、昭和十九年九月十七日婚姻の届出をしたものであるが、被告はもと三菱重工業株式会社に勤め、昭和十四年十二月一日入隊し、昭和十六年七月主計中尉となり、昭和十八年末頃新京部隊に赴任したので、原告も翌年渡満し陸軍官舎に同棲中昭和二十年四月二十四日長男武明が生まれた。ところが被告は終戦後ソ連軍に抑留され消息がわからなくなつたまゝに原告は昭和二十一年十月長男を伴い内地に引揚げたが、昭和二十二年七月になつて被告からシベリヤで健在であるとの通信があつたのを最後としてその後全然消息を絶ち生死不明である。その上長男武明も既に病死してしまつた。原告の実家は材木問屋を営んでいたが、父力蔵は既に死亡し母一人で原告の外に子女がないので、原告は右営業を担当しなければならない事態に立ち到つている。以上の次第で原告は被告との婚姻生活に期待をもつことはできず実家再建にも努めなければならないので被告との離婚を求める。

と述べた。<立証省略>

原告の申立により、被告に対し訴状並びに各口頭弁論期日呼出状の公示送達をしたが、被告より答弁書その他の準備書面の提出もなく各口頭弁論期日にも出頭しなかつた。

三、理  由

甲第一号証の戸籍謄本によれば、原告と被告とは昭和十九年九月十七日婚姻をした夫婦であることが認められる。しかして証人中川廉の証言によつて成立を認める甲第三、第四号証と証人中川廉、甘粕豊太郎の証言を合せ考えると、被告は昭和十四年十二月入隊し、北支、フイリツピンを経て昭和十八年満洲に赴任し、終戦当時には現役主計少佐として関東軍経理部に勤務していたが、終戦後ソ連に抑留され、昭和二十二年五月頃チタ地区收容所に收容されたこと、当時同收容所には千五百名位の同胞がいたが、昭和二十三年五月頃になつて、ソ連側から反動分子とみられていた八名の将校が、二、三日おきに一人ずつ順次右收容所からハバロフスク方面に移され、被告もその八名のうちの一人であつたこと、その後の被告の消息は沓としてわからないが、右八名の者はまだ一人も復員していないこと、しかし被告が死亡したと思われるような資料はなにもないことをそれぞれ認めることができる。右の事実は、民法第七七〇条第一項第三号の離婚原因に形式的には該当するけれども、甘粕証人は、被告は現在なおハバロフスク附近で受刑中であると思うと証言しており前示甲第三号証によれば、神奈川県民生部世話課も同様の判断をしているのであるから、被告は何時無事に帰還しないとも限らない状態にあるものと考えるのを相当とする。固より当裁判所は、妻である原告の立場を考えぬではないが、自己の責に帰しえない事由によつて抑留生活を送つているかもしれない夫の困苦を察せず、無事に帰還する公算があるのを無視して離婚を求めるのは、同条第二項により許されないものと謂わなければならない。原告が主張するその他の事実は、以上の事実と合せ考えても、なお同条第一項第五号の婚姻を継続し難い重大な事由には該らないこと、その主張自体によつて明かであるから、原告の本訴請求はその理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決をする。

(裁判官 三淵乾太郎)

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